
「地震予知はできない」
この常識が、覆されようとしている。
日本地震予知学会会長・長尾年恭氏と前防災担当大臣・坂井学氏。二人の当事者がNoBorderニュースの番組で語ったのは、希望と絶望の入り混じった、必ずやってくるという巨大災害の真実だった。
スタジオの空気が変わったのは長尾会長が穏やかな口調でこう言い切った時だった。
「2011年の東日本大震災後、マグニチュード8超の巨大地震では、地震発生約1時間前に必ず前兆現象が現れることが確認されました」
30年近く災害取材をしてきたジャーナリストとしては都市伝説的にすら聞こえる。何十年にもわたって地震学者たちは口を揃えて「予知は不可能」と繰り返してきた。
1995年の阪神・淡路大震災も、2011年の東日本大震災も予知できなかった。地震予知の分野においては科学は敗北した――それが定説だった。
だが、長尾会長は「いまはできる」と断言する。
「東京大学地震研究所も、それまでは『そんな前兆現象なんてない』と言っていました。しかし今は『前兆現象はある』と認めています。問題は、それをいかに実用化するか、技術開発の段階に入ったということです」(長尾氏)
具体的なメカニズムは、GPS衛星による電離層電子密度の観測だという。2011年の東日本大震災では、本震発生の40分前から東北地方上空の電子密度が異常に上昇していた。スマトラ島沖地震では1時間20分前に同様の異常が観測されている。
「南海トラフ地震でも、揺れる20分前には警報を出したい。遅くとも10分前には発表したいと考えています」(長尾氏)
この技術の信憑性を裏付けるのが、長尾会長の「実績」だ。今月12月8日23時15分、青森県東方沖でマグニチュード7.5、最大震度6強の地震が発生した。この震源域――日本海溝と千島海溝の会合点――について、長尾会長は番組内で「プレートの割れ残りがあり、将来的に大地震を引き起こす」と指摘していた。まさにその言葉が生放送で発せられたから約3時間後、予知は的中したのである(※ただし今回の予知は電離層ではなく、気象庁の地震データによるものである)
「1994年と2003年にも同じ震源域で震度6の地震が起きています。この場所は、プレートが破壊されずにひずみをため込んだまま残った『割れ残り』があります。私たちはそこを注視しています」
長尾会長の言葉には、学者特有の慎重さと、確信に満ちた迫力が同居していた。だが彼は同時に、こうも釘を刺した。
「ただし、何月何日に起きるという予言は100%誤りです。それは科学ではありません。しかし前日、あるいは数時間前になれば、前兆現象に基づいて『明日起きるかもしれない』『数時間後に起きるかもしれない』と言えるようになるのです」
つまり、地震予知は「できない」のではなく、「できるようになる」段階に入ったのだ。10分前、20分前の警報が出せれば、どれだけ多くの命が救えるだろうか。津波到達まで2分しかないとされる静岡県清水市でも、事前避難が可能になるかもしれない。事前避難と発生後の避難では雲泥の差がある。電気が通じ、交通機関が麻痺する前の避難は命を救う上で最重要だ。10分前避難は発災後の10秒以上の価値がある。よって、長尾会長の研究は、文字通り「希望」なのだ。
一方で、しかし、坂井学前防災担当大臣の言葉も冷徹な現実を突きつける。坂井大臣は、東京大学法学部を卒業後、松下政経塾で学び、企業や秘書を経て政治の世界に入った実直な人物だ。昨年10月、石破茂内閣で防災担当大臣や国土強靭化担当大臣に就任し、政府防災の強化に尽力してきた。筆者との関係でいえば、同じ鳩山邦夫事務所出身の同僚秘書であり、内閣府防災においてはAI解析のお手伝いをしたという間柄だ。
筆者のAI解析チーム(NOBORDER)で、日経225をはじめ主要企業ごとの株価や経済損失などをシミュレーションした。その結果は驚くべきものだった。ある大企業(上場)では株価が79%下落し、現在の半分の水準に戻るまでに10年かかるという結果が出た。仮に南海トラフ地震が三連動で起こり、さらに富士山噴火などと連鎖した場合、経済損失は軽く1000兆円を超える。そうしたAI解析結果が出たのだ。
実は軽く見積もって1000兆円で、日本の年間GDP550兆円を軽く超える。仮に1707年のような三連動と富士山噴火が同時に発生すれば、国家経済の2年分近くが一瞬にして吹き飛ぶ計算になる。
坂井前大臣が語った。
「関東大震災の時(1923年)、政府は国家予算の3年分に相当する復興国債を発行しました。その処理に失敗し、昭和恐慌の一因となった。今、日本政府の債務は約1200兆円です。そこにさらに300〜500兆円、あるいは1000兆円規模の国債を追加発行したらどうなるか、想像もつかない」
さらに坂井前大臣は言葉を続ける。
「国家の財政運営が破綻しかねません。株価は瞬間的に急落します。政府のシミュレーションやAI解析などを知っていても、誰もこの数字を公に語ろうとしないのです」
筆者が、坂井大臣の目に認めたのは途方もない諦念と政治家としてやらなければならないという覚悟だった。
坂井前大臣は、決して拱手傍観していたわけではない。むしろ、彼は内閣府防災の予算と人員を倍増させ、来年4月の防災庁設置に向けてさらに4倍規模に拡大する準備を進めてきた改革者のトップバッターであった。備蓄拠点も、東京立川1か所から全国8地域9か所へと広げる決定を下した。能登地方へ繰り返し視察に行き、避難所の環境改善にも力を入れ、福祉の視点を導入し、質の高い食事提供を可能にする体制を整えたのも坂井前大臣だ。
「私が着任した時点で、予算も人員も2倍にしました。来年には防災庁へ格上げし、さらに予算4倍、人員4倍の規模にする予定です」
その坂井前大臣に筆者が直球で尋ねた。「大臣、正直に言って、南海トラフなどの複合災害が日本を襲ったら、この国は持ちこたえられるのでしょうか?」
坂井大臣は、長い沈黙の後、こう答えた。
「……正直に申し上げれば、経済的には極めて厳しい。AI解析の示した数字は、誰も表立って発表できないレベルです。世界恐慌級の衝撃になる可能性があります。私たちにできるのは、死者数を減らすこと、そして復興のスピードを少しでも早めることです。でも、被害そのものを防ぐことはできません」
この言葉の重みを、筆者は畏怖をもって噛み締めた。政治家が「できない」と認めることは極めて稀だ。普通の政治家ならば「万全を期す」「全力で取り組む」などと抽象論で逃げるだろう。だが坂井前大臣は違う。彼は、政府見解と自身の調査とAI解析という科学的データを前に、政治の限界を率直に認め、その絶望の中で最善策を模索し続けてきたのだ。
長尾会長の「予知は可能になる」という主張と、坂井大臣の「手の打ち90ようがない」という告白。この二つは、矛盾しているようで、実は表裏一体だ。
科学は進化した。GPS電子密度の観測により、巨大地震の数十分前に警報を出すことが可能になりつつある。長尾会長が番組出演時に予知した青森県東方沖の地震はGPSの観測ではなく、気象庁の膨大な地震データによるものだが、それでも様々な手法を用いることによって、相対的な地震予知が行われたのだ。また、番組の翌日の12月9日、気象庁は運用開始以来初めて「北海道・三陸沖後発地震注意情報」を発表した。科学と意識は、着実に前進している。
だが、肝心の日本社会が追いついていないのかもしれない。経済システムそのものが巨大災害に耐えられないことから現実逃避をしているのは全国民がメディアなどによって無自覚の洗脳を受けているからか。私たちは現実を直視しなければならない。
1200兆円の債務を抱える日本が、さらに1000兆円の損失を被ったら何が起きるか。AI解析は、その答えを冷徹に示している。株式市場が80%大暴落、半減回復までに10年。国債の追加発行は財政破綻を招く。世界恐慌の再来――。
坂井前大臣が「誰も公に語ろうとしない」と言ったのは、このシナリオがあまりにも絶望的だからだ。政治家は希望を語らなければならない。「備えれば大丈夫」と言わなければならない。だが、AI解析などの示した現実はその希望を打ち砕く。
この矛盾は、「後発地震注意情報」の1週間という期間設定にも表れている。そもそも、1週間という期間に科学的根拠はあるのだろうか。
長尾会長が即座に答えた。「ありません。1週間という期間に科学的根拠は全くありません。人間が自粛に耐えられる限界が1週間なだけです。10日経とうが1か月経とうが、地震の危険度が薄れるわけではない」
つまり、行政の発表する「安全期間」は、科学ではなく人間の心理に基づいている。 長尾会長が続ける。
「でも、それでいいのです。科学的に正確でなくても、国民がパニックを起こさず、かつ警戒を緩めない期間を設定することが、行政の役割です。私たち科学者は事実を伝える。行政はそれを社会実装する。その間には、必ずギャップが生まれます」
科学と政治の間にある深い溝――。筆者はそれを30年来災害取材で何度も体験してきた。だが、今回ほど鮮明にその溝を認識したことはなかった。
番組では出演したこの二人に同じ質問をした。「結局、私たちは何をすればいいのでしょうか?」
長尾会長はこう語る。
「備えることです。南海トラフ地震は必ず来ます。30年以内に60〜90%という政府の発表は、控えめな数字です。もっと早く来る可能性もある。だからこそ、私たちは予知技術の実用化を急いでいます。10分前、20分前の警報が出せれば、多くの命が救えます」
坂井大臣の言葉も聞こう。
「組織を強化し、備蓄を増やし、避難所を改善する。防災庁を設置し、予算と人員を増やす。それでも、経済的な壊滅は防げないかもしれない。でも、私たちは集団移住などの抜本的な減災政策も視野に、200年先を目指してできることをやっていくだけです。私はそれを200年プランと名付けて、開始の『指示』を出しました」
希望と絶望。前進と限界。二人の言葉は、この国が直面する現実を映し出していた。
30年前、NHK記者職内定時代に富士山噴火の取材企画を立て調査を開始、結果、周辺11の自治体から激しい抗議を受けた。「観光への悪影響」を理由に企画はボツになったうえに当時の甲府放送局長から「君はNHKと地域を潰すつもりか!」と厳しく叱責された。かように当時の日本はタブーが蔓延り、自然災害に対しても決して正直とはいえなかった。
だが、今、ようやくそのタブーは破られた。長尾会長のような科学者が公然と予知技術を語り、坂井大臣のような政治家が「手の打ちようがない」という現実を認める時代が来たのだ。
私たちは、二つの現実を直視しなければならない。予知技術は進化している。だが、それで被害を完全に防げるわけではない。政治は努力している。だが、それで経済崩壊を回避できるわけではないのだ。
「南海トラフ地震は必ず来ます」。長尾会長は言った。「私たちが生きている間に体験できるでしょう」。この言葉を、私たちは重く受け止めるべきだ。
希望は、諦めの中にこそある。科学の限界を知り、政治の無力を認めたその先に、私たち一人一人ができることがある。備蓄をする。避難経路を確認する。家族と話し合う。移住する。そして何より正しい情報を取得し続ける。これらが、この絶望的なシナリオに対する、唯一の現実的な抵抗なのではないだろうか。
【注・訂正】長尾会長より指摘があったため、誤解を避けるために下記を付け加えます。「青森沖の地震は電離層異常ではなく、地震活動の異常から検出されたものです。つまり地下天気図=気象庁の詳細な地震データを使い、地下のゆらぎを表したもので、現在国が発表している『30年以内に?%』という長期予測を、せめて1年以内(できれば数ヶ月以内)に短縮する手法です。それに対して電離層異常は時間のオーダーが1時間から10分前というまさに直前の異常であり、実際には南海トラフ巨大地震にのみ適用可能な技術と考えています」(長尾氏)
【出演・取材協力・参考情報】・日本地震予知学会会長・長尾年恭氏(東海大学・静岡県立大学客員教授)・前防災担当大臣・坂井学氏(内閣府特命担当大臣・防災/国家公安委員会委員長)・NOBORDER AI解析チーム「UESUGI」・JAXA「海洋シミュレーション」・気象庁「北海道・三陸沖後発地震注意情報」(2025年12月9日初発表)
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