【訂正】NoBorder第19回放送における筆者(上杉隆)の発言について
訂正事項
第19回NoBorder「財務省が隠す1332兆円の真実」の配信内容に関して、編集主幹・上杉隆から上杉自身の発言について以下の訂正がある。
番組内で言及したTwitter(現X)と電通の関係について、上杉は「電通がほぼ100%出資」という趣旨の発言を行ったが、正確には「電通のほぼ100%の影響下にあった」と訂正する。
経緯の説明
当時のTwitter社が2012年あたりから電通の間接運営のような形になったのは、2011年の東日本大震災が契機となったと考えられる。スピンコントロールの一環だが、2012年12月の第2次安倍政権の発足でさらにその流れは加速した。それはすぐに代理店全体に及んだ。
当時、電通幹部がTwitterの反政府的なツイートに頭を抱えており、政権交代を機に(民主党から自民党)、スピンを記事化したりするなどしてPR会社を起業したばかりの筆者(上杉)にも相談してきたことから、国策ともいえる大規模なその支配構造を知ることになった(拙著『上杉隆の40字で答えない』等に詳述)。
Twitter社の現地法人社長が、X社になっても交替しなかったのは、世界的にも日本くらいだけではないだろうか。番組では「電通資本」というよりも「電通の影響」と話した方が正確だった。訂正したい。
訂正に至った理由
長年の電通との取材報道上の戦い(これも拙著『五輪カルテル』等で詳述)により感情的になった筆者は、つい言葉が強くなってしまった。それが不正確な発言を誘発したのは想像に難くない。
但し、日本のX(旧Twitter)がオールドメディアの圧倒的な影響下にあるのは確実かつ変わらぬ事実であり、それはイーロン・マスク氏のTwitter改革(言論の自由化闘争)に反することは間違いないだろう。
ジャーナリズムにおける訂正の意義
今回の訂正は、NoBorderが掲げる「真実の輪郭に迫る」という理念を実践するものである。ジャーナリズムにおいて、誤りを認め、速やかに訂正することは、逆に信頼性の根幹をなす行為だ。とりわけ、権力批判を行う際、事実関係の正確さは譲ってはならない一線である。
それを前提に、「電通が資本的に支配している」と「電通が影響力を行使している」では、意味が大きく異なる。前者は資本関係という客観的事実を示唆するが、後者は影響力の行使という構造的問題を指摘するものだ。この区別を曖昧にしたことは、番組の信頼性を損なう可能性があった。
今回の訂正を通じて、NoBorderは視聴者との信頼関係を一層強固にすることができると確信している。権力を批判する者こそ、自らの誤りに対して誠実でなければならない。大いなる自戒と自省を込めて、記した。
2025年11月上杉隆
【本編】財務省の罪とザイム真理教の罠~4つの理由
さて、コラムに戻る。第19回NoBorder「財務省が隠す1332兆円の真実」は、日本の財政論争において重要な番組のひとつとなった。その理由を、まず冒頭に整理しておきたい。
第一に、ネットメディアも含むオールドメディアが財務省問題にほとんど触れないという不健全な空気を打破したことだ。大手新聞やテレビは、長年の財務省との癒着構造ゆえに、本質的な批判を繰り出せないでいる。国有地払い下げ、記者クラブ制度、クロスオーナーシップ問題、追徴課税カルテル、財務省OBの天下りなど、メディア自身が財務省の利益共同体の一部となっており、それは見えないタブーとして存在している。
第二に、「ザイム真理教」という揶揄を伴った感情的な批判に陥らなかったことである。 故・森永卓郎氏らが先導した「ザイム真理教」論争は、財務省がすべての元凶であるという極端に単純化された図式に陥ってしまい、逆に不健全な世論形成をもたらしている。確かに一部は正論ではあるものの、全体としては反論を認めないような偏りが見え受けられた。財政問題は、官僚機構、政治家、メディア、そして国民を含む複合的な構造の中にあることを認識しなくてはならない。
第三に、多様かつ重層的な論客を配置し、対立する意見を一つの場に集めたことだ。 元自民党幹事長・石原伸晃、京都大学大学院教授・藤井聡、元財務官僚・今岡うえき、政策コンサルタント・室伏謙一、公認会計士・佐藤さおり、ジャーナリスト・上杉隆(筆者)のという組み合わせは、議論に深みと公平性を与えた。とくに元財務官僚を含めることで、単純な財務省叩きを回避することができた。
第四に、技術的な解説(室伏の信用創造論)と理論的基盤(藤井のMMT論)、そして、政治的現実(石原の証言)と内部告発(佐藤のレク排除)、さらには情報操作(上杉の記者クラブ論)をわずか46分間に凝縮したことは大きい。これらによって視聴者に多角的な視点と判断材料を提供することができた。編集チームの見事なタスクの結果である。
日本のマスコミのように財務省問題にほとんど触れなかったというのは不健全であるが、とはいえ、すべてを財務省のせいにするという現在の風潮にも違和感がある。今回、溝口勇児の主宰するNoBorderの示した立ち位置は、そうした意味で絶妙のバランスを保った(現時点での)「傑作」であったといえる。今回の番組の最大の意義は、対立する意見を一つの場に集め、視聴者自身に判断を委ねる(溝口のいう真実への線引き)という、オプエド(Op-Ed: Opposite Editorial)の精神を体現した点にあるといえよう。
国の借金1332兆円—最大の嘘の検証
番組の中心テーマは、「財務省が語る国の借金は国民の借金。借金恐怖を煽る財務省の作った最大の嘘です」ということばであろう。
室伏謙一は、この問題の本質を技術的に解明した。「国の借金って言われてるものっていうのは国民の借金でありません。これは岸田前総理が国会の答弁の中ではっきりとおっしゃって、ちゃんと議事録、本会議の議事録に残ってます」。
室伏の解説によれば、国債とは「国が負債を負って国民に対する国の負債として発行して、借用証がそれが出回っている、それがお金なんですね」。つまり、国債は政府が国民からお金を借りる仕組みであり、政府の立場から見れば借金だが、国民や銀行の立場から見れば資産である。「国全体で見ればプラスマイナス0」だとする。
この点について、石原伸晃も重要な指摘を行った。「1332兆円というのは国の負債だけを見た数字。ただし国家は同時に多額の資産も保有している。(財務省)理財局は、相続税の物納でも不動産などでもたくさん(資産が)あるし、外国の債権だって持ってる。だからこれを平準化して見なければいけない」。
一方で、石原は財務省の手法については批判的だ。「国民に付け回しをする危険な借金っていうイメージ操作、それは誤解だと思う」。つまり、石原の立場は、財務省を一方的に擁護するものではなく、バランスシートで見るべきという財政の基本原則を示しつつ、イメージ操作を批判するという、冷静なものであるのだ。
信用創造——通貨発行のメカニズム
室伏謙一のもう一つの重要な貢献は、銀行システムにおける「信用創造」のメカニズムを一般視聴者にも理解できる形で説明したことだ。
「銀行っていうのは貸し出しにおいて新しい預金が生まれる。これ信用創造って言いますけど、この理解がまず出発点なんですね」。室伏は、Aが100万円を銀行に預け、銀行がそれをBに貸し出し、Bが別の銀行に預けるという例を示した。「Aさんと借りたBさんが一緒の窓口でお金下ろしたら、100万円が200万円になってるんですよ。だからお金を貸すことによって実はお金って増えてるんですね」。
この「0から1が生まれる」プロセスは、国債発行においても同様に機能している。政府が国債を発行し、民間銀行が購入し、日銀がそれを買い取る。その際、日銀は「民間銀行の日銀当座預金にプラス1000億円というデータを入力するだけ」で、「世の中に新しい1000億円が生まれた」ことになる。「安倍政権、アベノミクスの時の大規模金融緩和は何が起こってるかって、各銀行の当座預金がどんどんどんどんお金積み上がってるわけです」(室伏)。
さらに室伏は続ける。「問題は何かって言うと、発行した国債で生まれたお金をちゃんと国民経済に使うかどうかです」。この指摘は重要であろう。国債発行、それ自体は悪ではない。問題は、そのお金が国民のために正しく使われているかどうかなのだ。
藤井聡と石原伸晃の建設的論争
京都大学大学院教授の藤井聡は、今回も番組の理論的支柱として機能した。彼の主張は明快である。「家計と国家予算は違う」ということだ。
藤井は、イギリス、アメリカ、日本の政府債務の歴史的推移を示し、「政府が出来上がってから借金がどれぐらい増えてきたか」を検証した。「ご覧のように右肩上がりで借金を増え続けてるんです。累積債務と呼ばれるもんです。アメリカも一時期減ったことがありましたけども、それ以降ずっと右肩上がりで増えてるんです。で、日本もそうなんです」。
さらに藤井は続ける。「多くの政治家、そして多くの国民、消費税を賛成する国民っていうのは、今ある借金を全部税金で返していかないといけないと思ってるんですけど、そんなことをやってる国はひとつもない」。
藤井の象徴的な比喩はこうだ。「AKB48が握手券を刷って配ってるのと一緒なんです。なんでAKB48が自分のための握手券を売るために苦労せなあかんのですか? 刷ったら終わりやないですか? それだけの話なんです」。
これに対し、石原伸晃は「やっぱりね、限度はあると思う」と慎重な姿勢を示した。しかし藤井は即座に「限度がないとは言ってない。借金が増えるということ自体は悪だと思うことが間違いだと言ってる」と反論した。
ここで重要なのは、両者が決して単純な対立構造にないという点だ。藤井が「借金の総額というものの伸び方が2%だったとしましょう。だけど経済成長率が2%以上であるのならば、GDPに対する借金の量というのは減っていくんですよ」と説明すると、石原も「基本的にはもう会社経営とほとんど同じ。それでいいと思います」と根底では合意に至っている。
今回の番組での議論は、財務省批判という単純な図式を超えて、「どのような財政政策が日本経済を成長させるのか」という本質的な問いへと昇華させることに成功したと言っていいだろう。
佐藤さおりの告発—財務省レクからの排除
公認会計士であり現職都議会議員でもある佐藤さおりは、番組において重要な証言を行った。彼女は、財務省による「レク排除」の実態を語ったのだ。
「とある国会議員さんに呼ばれて、財務省からレクを受けるから、潰すつもりで財務省の方が来てくれっていうので1時間レクしてもらったんですけど、もうずっと横の平行線でお互い埒が開かなかったんですね。言い合って」。
その数ヶ月後、こんなことがあったという。「もう1回レクをお願いしますっていうので、レク依頼したら、私(佐藤)だけ排除されて他の人がレク受け入れたんですよ」。
佐藤は続ける。「これどういうことなのかって、もう財務省やめちゃってる方から聞いたら、『それ佐藤さんに実はビビってたんだよ』。まともに話し合いに入られちゃうと困るから、だから佐藤は呼ばれなかったんだな」。
佐藤はまた、税制における「二重課税」の問題も指摘した。「所得税って自分の稼いだお金に対して税金がかかるってみなさん思ってるようですけど、それだけじゃなくて地方である住民税や社会保険料、これらも全部同じベースにかかってるんですよ。だから名前を変えて同じベースから(重ねて)取られているんです」。
今岡うえきの立場——内部から見た財務省
元財務官僚の今岡うえきは、番組において厳しい立場に置かれたひとりだ。だが、その彼は財務省を一方的に擁護するわけではなく、冷静な客観分析に終始した。
今岡はまず、「財務省自身も、私はあの借金自体がダメだってこと言ってなくて、政府の持っている借金をゼロにすべきだっていうことも言ってないと思うんですね。健全なレベルでの借金、国債発行残高っていうのはあってもたぶん良くて、そんな中でもマーケットで安定的に国債が消化されて、経済が悪い時もいい時もあるけれども、国民に必要なものを財政として提供できる、そういったレベルでの借金っていうのは財務省も認めるところだと思います」と述べた。
重要だったのは、今岡の次の指摘だ。「財務省が最強であればですね、毎年の予算は黒字になってると思いますし、消費税率はもう30%ぐらいになってると思います。ですから様々な力関係の中で今の状況になってるわけです。財政は毎年赤字だし、消費税はなんとか10%に安倍総理の時に上げて、今この状況で止まってるということからも最強ではない」。
これは「ザイム真理教」批判に対する一つの反論でもある。仮に本当に財務省が絶対的権力を持つなら、財政はとっくに黒字化し、消費税は大幅に引き上げられているはずだという論理だ。
しかし、室伏謙一はこれに対して「積極財政派の国会議員のところには財務省は行きません。昔だったらそういうところにこそ行って、とにかく徹底的に議論をしようと官僚も頑張ってましたけど、正直もう来なくなった」と指摘したように、財務省が選別的にレクチャーを行っている実態も存在する。
上杉隆の役割——問題を俯瞰する
筆者自身、番組内で果たした役割は、議論を俯瞰し、構造的な問題を浮かび上がらせることだった。これはいつも心がけていることで、筆者の役割は、番組内でどこでも守備のできる、LAドジャースのキケ・ヘルナンデスのようなユーティリティプレイヤーを任じているつもりだ。
前回第18回で詳述したように、「財政研究会」という記者クラブの構造は世界的にも異常である。「各メディアの一線級のスーパーエリートが財務省担当になるんです。財政研究会に配属された記者ってのは不思議なことに記事を書かなくていいんですよ。何するかと言うと財務省の情報を取る。また財務省の高級官僚と仲良くなって、どういうような方針でいくのかということで、そのメディアとのパイプ役をやる」。つまりMOF担である。
さらにかつて繰り返し取材したメディアカルテルの秘話を話した。「読売も産経も、日経も、朝日も、NHKも、その東京本社の土地は、元々が国有地でそれを払い下げているだけなんですよ。つまり国民の財産(財務省管財局)の持ち物を、無料でもらって、多くのメディアはその上で不動産業とかテナント業のビジネスをやってるわけですね。これ倫理違反であるし、もうボロ儲けなわけです。よって、オールドメディアが財務省批判の記事を書いたりすると、『いいのか、お前のとこの土地、誰がくれてやったか分かってるよな』となるわけです」。
こうしたカルテル構造こそが、大手メディアが財務省の本質的批判を決してできない理由になっている。しかし同時に、筆者はこの問題を単純な財務省批判に終わらせないよう、問題を俯瞰する視点を提供することに腐心した。
今回の筆者の発言を受けて、前出の室伏が次のように暴露した。「時事通信の社長は、積極財政で良いって分かってんですよ。ちょっと軽く飲んだ時に言ったん、『じゃあ社長、やってくださいよ』っつったら『無理、無理、無理、無理』って言ったましたから。これめっちゃ裏話ですね」これは、メディアのトップが事実を知りながら、構造的理由から財務省の意向に沿った虚偽の報道を自ら続けているという驚きの実態を示すものだ。
溝口勇児の番組設計——オプエドの精神
今回の配信で高く評価すべきは、溝口勇児の番組設計である。彼は最後にこう総括した。
「僕はこの場で財務省をものすごく悪の組織みたいにしたいわけでもないし、一方で財務省に何の問題もないよねとも言いたいとも思っていないんです。なので、あくまでこのノーボーダーは是々非々で議論して、真実の輪郭を見つけていけたらいいなっていう風に思ってる。そういう場所ですね」。
この姿勢こそが、日本で失われたジャーナリズムの本質ではないだろうか。もちろん溝口のNoBorderは、メディアであってジャーナリズムとしては物足りないのは承知している。ただし、単純な善悪二元論に陥らず、多様な視点を提示し続け、視聴者自身に判断を委ねる、という容易ならざることを実践しているだけで、すでに他のメディアとは一線を画す存在になっているのではないだろうか。とりわけ、財務省という巨大権力を相手にした今回は、その丁寧な姿勢は高く評価されてしかるべきだ。
NoBorderの番組作りには、明確にオプエド(OpEd: Opposite Editorial)の精神が貫かれている。ひとつの意見を押し付けるのではなく、対立する複数の意見を並置し、視聴者に思考の材料を提供するのだ。この番組が単なる「ザイム真理教」批判の焼き直しに終わらないのは、溝口のみならず、編集チーム全体にこうした姿勢が宿っているからだろう。
上杉隆(NoBorderニュース編集主幹/ジャーナリスト)
(上杉 隆)
編集責任者:上杉 隆












