
上杉隆(ジャーナリスト/NoBorder Newsアンカー)
2026年1月5日、NoBorder Newsのスタジオは独特な空気に支配されていた。
新年の初回配信という祝賀的な空気がその理由ではない。長きにわたり日本社会に横たわる「無自覚の洗脳」が、YouTubeのコメントとして飛び交う中、それを打ち破る溝口勇児の「野蛮」なまでのエネルギーが、火花を散して衝突したことが理由だった。
ゲストは、平成・令和を通じて最も毀誉褒貶(きよほうへん)の激しい経済学者で政治家、かつ経営者でもある竹中平蔵氏。そして、彼を迎え撃つ(というよりは、共に防波堤となろうともした)のが、本番組のホストでもあり特別ゲストでもあるCEOの溝口勇児氏である。
私(上杉)は番組アシスタントの小島みゆとともに、今年もアンカーとして座り、このスリリングな60分間を差配するというか、愉しく参画することになった。
じつは、溝口勇児とは初ライブであった。実際に、彼の暴走ぶりを直に体験するにあたって、ニュースアンカーとして数年ぶりともいうべき愉しい時間を過ごすことができたのはうれしい誤算だった。溝口氏は、極めて高度なレベルで既存の常識を打ち破り、新しい価値観を生み出すことを意図も簡単にやってのけるのだが、今回のライブでも十二分にそのタレント性が発揮されていた。
番組を通じて浮き彫りになったのは、竹中氏に対する「大いなる誤解」の歴史と、溝口氏による予定調和を破壊する「価値紊乱(びんらん)」的な振る舞い、そして、私・上杉とNoBorderの目指してきた「多様性のある言論空間」の必要性と重要性の再確認であったように思う。
本稿では、この配信で語られた言葉を改めて分析し、現代日本と、とくに言論の現在地を論評したい。
竹中平蔵という「作られた虚像」の解体
竹中平蔵氏といえば、小泉政権下での構造改革を主導して以降、常に批判の矢面に立たされてきた人物だ。ネット空間、あるいはオールドメディアにおいても、彼は「新自由主義の権化」「頑固な緊縮財政論者」、あるいは「利益誘導者」として描かれ続けてきた。
だが、今回の番組で竹中氏が淡々と語った自らのことばには、そうしたレッテルを剥がすに十分な説得力を持っていた部分も少なくない。「緊縮財政」という批判ひとつについても、竹中氏は数字を挙げて具体的に反論している。
「過去20年間で日本の名目GDPは20%程度しか増えていないが、政府の一般会計は50%増えている。どこが緊縮財政ですか。むしろ放漫財政なんです」
確かにこれは厳然たるファクトである。どの時点を起点にするかで議論が異なる典型的な例だ。財務省が悪者で緊縮を強いたという現在に蔓延るナラティブは、アジェンダの地点設定によって崩れ去ることもある。竹中氏の発信がまさにそうだろう。当時の社会状況で言えば、竹中氏は「小さな政府」を作ろうとしたのではなく、放置すれば肥大化し続ける不良債権や社会保障費などの課題について、政府の役割を適正化しようとしたに過ぎないともいえる。
さらに、ネット上で流布する「パソナの利益誘導」という疑惑についても、竹中氏はアンカーである私・上杉の質問に対して明確に否定してみせた。
「製造業への派遣解禁を行ったのは当時の厚生労働大臣であり、私ではない。そもそもパソナは製造業派遣を一切やっていないんです」
加えて、自身の保有するパソナ株についても「0.0数パーセント」に過ぎないと明かした。これには隣に座る溝口氏も「僕のほうがよほど稼いでいる」と笑い飛ばし、竹中氏を「金の亡者」とする批判が的外れであるかをまずは一蹴してみせたのだった。
もちろん、これらの発言が必ずしも確実に正しいとは私も思わない。だが、今回の番組の趣旨は、まずは当事者である竹中氏本人に出演してもらい、事実上日本のほとんどの言論空間から口封じにあっている彼の意見を聞こうというものだ。その点からすれば成功であり、直接の論争は次の機会でよいだろう。なにより溝口MCのNoBorder本編での愉しみとしようではないか。
さて、私は長年、記者クラブメディアのカルテルともいうべき閉鎖性と悪質なまでの単純化、彼らのシステムの作り出す「安易な勧善懲悪」の構図を批判し続けてきた。その一例が、1999年の石原慎太郎都知事就任から続く、長期間の取材やリポートだったり(拙著『石原慎太郎5人の参謀』小学館)、2001年からの『文藝春秋』などでの田中真紀子外相の追及や複数の著書(『田中真紀子の恩讐』(小学館)/『田中真紀子の正体』(草思社))につながったのである。そうした意味では、竹中氏も陳腐な「善悪二言論」の被害者であったと言えよう。実際、2002年の私のリポート「竹中平蔵 真昼の決闘」(週刊東洋経済)は、竹中氏を、巨大な既得権益を抱える自民党守旧派に立ち向かうヒーローとして描いたものだった。
ところが、当時のメディア界のヒーローは、小泉首相とともに郵政選挙で圧勝し、総務大臣としてオールドメディアに宣戦布告をした途端「大悪人」に転落してしまう。大衆は常に「魔女」を求める。メディアはその欲望に応えるため、一転、竹中氏をスケープゴートに仕立て上げたのだった。
竹中氏の語った「悪名は無名に勝る」という小泉純一郎氏の言葉は、達観であると同時に、日本の言論状況に対する痛烈な皮肉としても響いた。
溝口勇児の「怒号」が示した新たなメディアの可能性
この日の番組で筆者がもっとも心に残ったのは、実はゲストの竹中氏のことばではなく、CEO・溝口勇児の言動であった。
溝口は生配信中、手元のタブレットで視聴者のコメント(チャット)をリアルタイムで追い、竹中氏に対して誹謗中傷や根拠のないレッテル貼りを行うコメントに対して、激高とも取れる口調で反論を始めたのだ。
「お前ら、もっと勉強しろよ!」
「人格否定するようなやつはスタジオに入れない」
従来のテレビメディアであれば、これは「放送事故」だ。「視聴者(スポンサー)=神様」という建前が支配する地上波では、出演者が視聴者と喧嘩をするなど御法度中の御法度だ。しかし、溝口氏はそんな人物ではない。これまでのタブーを軽々と乗り越えた。いやタブーとすら思っていないのだろう。なんと愉しい男ではないか。生番組中にも関わらず、筆者が心底から大笑いし、愉しい時間を過ごしたというのはこのことだ。
溝口勇児こそが「稀代の価値紊乱者」である。仮に、石原慎太郎氏が生きていたら、きっとあの独特の笑顔で大喜びしたに違いない。時代を破壊することのできる人物だけが、時代を変え、時代を創る資格があるのだ。
生前、石原さんと話すときまって、「おい、上杉君よ、最近、面白いやつはいたか?」と聞かれ続けたものだった。石原氏の特別秘書の高井英樹氏が新しい価値生産の天才であり、その彼よりも面白い人物はなかなかにしていないものなのだが、それでも、過去には面白い人物と思われる何人かを石原さんに推薦したものだった(橋下徹氏、野口健氏、猪子寿之氏など。これは初めて明かす)。
ところが、しばらくすると石原氏は決まって飽きてしまって「もっと面白い奴はいないのか?」とくる。仮に、いまの溝口氏と会っていたら、きっと石原慎太郎を食ってしまうくらいだったろうと想像すると、口惜しい限りだ。
さて、話を番組に戻そう。溝口氏の怒りは、単なる感情の発露ではない。それは「議論」を拒否し「レッテル貼り」で思考停止する風潮への義憤である。彼は竹中氏を擁護したのではない。言論空間の「フェアネス(公正さ)」を擁護しただけなのである。
「Aという意見とBという意見をぶつけ合い、Cというより高次な解を導き出す」
以前、溝口氏が番組で語ったこの弁証法的なNoBorderの理念は、安全圏から石を投げるだけの卑怯な輩を許さないという確固たる姿勢を示している。生放送中に視聴者とやり合う異常なその姿は、予定調和的な討論番組に慣れきった日本人に、言論とは本来「武器を持たない格闘」であることを思い出させるに十分だった。
竹中氏が「こういう人が20年前にいたらよかったのでは?」という筆者の一言に対して大きくうなずいたのも、きっと本心からのものだろう。
「多様性のある言論空間」を求めて――筆者の視点
私・上杉隆がNoBorder Newsで目指しているのは、まさにこのような「化学反応」である。
今回の番組には、2026年に発足した高市早苗政権への評価というテーマ軸もあった。竹中氏は高市政権の「積極財政」路線に対し、労働市場改革などの構造改革が伴わなければインフレ(物価高)を招くだけだと警鐘を鳴らした。
一方で、NoBorderにはMMT(現代貨幣理論)を支持する藤井聡氏などの論客も出演している。竹中氏と藤井氏、水と油のような両極の意見が同じスタジオで意見をぶつけ合えること、これこそがNoBorderの求めるものなのだ。
竹中氏も述べていたように、「絶対的に正しいもの」など世の中には存在しない。右か左か、緊縮か出動か。そうした二元論で分断された各々の「エコーチェンバー(共鳴室)」に閉じこもることは、心地よいかもしれないが、社会を前進させることはないだろう。
番組終盤、コメント欄には「竹中と藤井の対論が見たい」という声が並んだ。これこそが、私たちNoBorderの目指した成果だ。安易なレッテル貼りをやめ、中身の議論を求め始めた視聴者の変化、それは既存メディアの放棄したメディアリテラシーの獲得へとつながることだろう。
今回の番組は、竹中平蔵という個人の名誉回復にとどまらず、日本の言論空間が「魔女狩り」の段階を脱し、次なるフェーズへ進めるかどうかの試金石となった。
溝口勇児という「劇薬」と竹中平蔵という「魔女」が、NoBorderという舞台で共演した今回、奇しくもジャーナリズム的にも、本来の役割である権力の監視機能を取り戻す準備ができたような気がするのは筆者だけだろうか。
2026年、NoBorderは、この国から「境界(ボーダー)」を消し去る戦いをさらに加速させていくだろう。たとえそれが、視聴者との喧嘩という形をとったとしても、溝口勇児の挑戦は止むことはないだろう。今回の配信でそこだけでも確信できたことは私にとって新年の大きな収穫となったのである。
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