
NoBorder News アンカー 上杉隆
第26回『NoBorder』(溝口勇児)の配信では、戦後80年近くを経てなお決着を見ない南京事件について、多様な立場のコメンテーターを迎えて議論を行った。MCに溝口勇児とAV監督の村西とおる氏、ゲストに政治学者の岩田温氏、映画監督の水島総氏、政治学者の白井聡氏、国史啓蒙家の小名木善行氏、戸田市議の河合ゆうすけ氏、そして筆者・上杉隆といった多彩な顔ぶれで、長く論争の続くこのテーマに正面から向き合った一時間であった。
議論の核心は明快だ。「南京大虐殺」という言葉で語られる歴史的事件について、その実態は何だったのか、そしてそれが今日の日中関係にどのような影響を与えているのか、という問いである。
「30万人」という数字の妥当性
まず番組の冒頭で焦点となったのは、中国政府が公式に主張する「30万人虐殺」という数字の妥当性である。
水島総氏は明確にこう述べた。「南京の人口は当時約20万人だった。どうやって20万人の都市で30万人を殺せるのか。物理的に不可能だ」。岩田温氏も同様の立場から、「もし我々が本当に数週間で30万人を殺害したなら、日本は戦争に負けていなかっただろう」と、やや皮肉を込めて指摘した。
この人口統計に基づく批判は、南京事件否定論の中核をなす論拠の一つである。国際安全区委員会の記録などから、南京陥落時の人口が約20万人から25万人程度であったことは、歴史学的にも一定の裏付けがある。したがって、30万人という数字には疑義が呈されるのは当然だ。
一方で、白井聡氏はこうした「数」への固執を批判した。「30万人か3万人かという議論は、修正主義者が本質から目をそらすための戦術だ。略奪、強姦、非戦闘員の殺害が行われたことは否定できない歴史的事実であり、その数にこだわることは無責任だ」。
ここには歴史認識の根本的な相違がある。数字の正確性を重視する立場と、事件の本質的な性格を重視する立場の対立である。ジャーナリストとして、筆者はこの双方に一理あると考える。歴史的事実の検証において数字の正確性は重要であるが、同時に、数字の議論が事件の本質的評価を歪めてはならない。
「虐殺」の定義をめぐる論争
次に議論となったのは、「虐殺(massacre)」という言葉の定義である。
岩田温氏は興味深い指摘をした。「我々は東京大空襲や広島・長崎の原爆投下を『虐殺』とは呼ばない。なぜ南京だけが『大虐殺』と呼ばれるのか」。これは文言の政治性を鋭く突く問題提起になった。
さらに河合ゆうすけ氏が重要な指摘を行う。「虐殺とは通常、非戦闘員の殺害を指す。しかし中国兵は軍服を脱いで民間人に紛れ、ゲリラ戦を展開した。民間人の服を着た兵士を殺害することは、虐殺なのか、それとも戦闘行為なのか」。
この論点は、国際法上の「便衣兵(ゲリラ)」の扱いという専門的な議論に直結する。当時の戦時国際法では、軍服を脱いで戦闘を行う兵士は捕虜としての地位を失うとされていた。したがって、便衣兵の処刑は必ずしも国際法違反ではないという主張が成り立つ。
とはいえ、この議論には慎重であるべきだろう。便衣兵の選別過程が適切に行われたのか、非戦闘員が誤って巻き込まれなかったのか、という検証が不可欠だからである。いかんせん80年前の事件、詳細は明らかではない。
誰が南京を破壊したのか
小名木善行氏は、あまり知られていない視点を提示した。「南京は日本軍が入城する前に、国民党軍によって焦土化されていた。蒋介石の軍隊は撤退時に資源を日本軍に渡さないため、街を焼き払い、『裏切り者』を処刑した。多くの民間人の犠牲は、中国人同士の暴力によるものだ」。
これは「堅壁清野(焦土作戦)」として知られる国民革命軍の戦術を指している。実際、中国軍は撤退時に物資や施設を破壊する作戦を実行したことが記録されている。しかし、この事実が日本軍による虐殺行為の全面的な否定につながるわけではないだろう。双方の行為を分けて評価する必要がある。
メディアと歴史認識の形成
番組内で筆者が注目したのは、メディアの果たした役割である。南京事件が国際的に広く知られるようになった契機の一つは、1997年に出版されたアイリス・チャンの著書『ザ・レイプ・オブ・南京』だった。ニューヨークタイムズ紙の年間ベストセラーにも輝いたこの本は西洋社会に大きな衝撃を与え、南京事件の世界的な認知を決定的に高める役割を果たした。しかし、同書には多くの誤りや未検証の証言が含まれていることも指摘されている。
また、筆者がNYタイムズに入った当時(1999年)は、『China Wakes(中国の目覚め)』でベストセラーを叩きだし天安門事件の報道でピュリッツァー賞を取ったニック・クリストフ東京支局長とシェリル・ウーダン氏が東京支局に在籍しており、日中関係を中心とした東アジアのニュースが世界的に読まれる機運が高まっていたという背景にあるだろう。
日本国内では、朝日新聞の本多勝一記者による「中国の旅」という一連の連載記事が、南京事件や戦争犯罪に対する関心を高めた。当時、新聞社を受験する学生の間では「本勝教」ということばが飛び交い、面接では尊敬するジャーナリストとして聞かれるひとりであることは確かだった。本多氏の記事がどれほど日本のメディアに大きな影響を与えていたことが窺い知れよう。
さて、番組に戻そう。村西とおる氏は、中国共産党の政治的な意図を強調した。「毛沢東時代の文化大革命では1500万人から2000万人が死んだとされる。中国共産党は自らの正統性を維持するために、『外部の敵』としての日本を必要としている。南京事件の強調は、その政治的道具なのだ」。
これは政治学における「外部化戦略」の典型例だ。政権が国内の問題から国民の目をそらし、外部の敵に焦点を当てることで結束を図る手法である。1990年代、江沢民政権下で強化された「愛国主義教育」において、南京事件が重要な位置を占めたことは事実である。
筆者の経験~南京城修復プロジェクト
ここで、約30年前の筆者自身の経験について触れたい。1997年、筆者は鳩山邦夫衆議院議員の事務所秘書として勤務していた時期、日中共同による南京城の修復作業チームに、日本の国会から派遣された事務局長として訪中する機会を得た。
当時の日中関係は、1989年の天安門事件による冷え込みから回復しつつある時期であり、官民においての協調ムードが漂う時期だった。南京城の修復プロジェクトは、歴史的建造物の保存という文化的協力を通じて、両国の関係強化を図る象徴的な試みだった。経済力で言えば、まだ日本の足元に及ばない中国が先ほどの目覚め始めた時期に該当する。
現地で筆者が目にしたのは、複雑な歴史の層が重なる都市の姿だった。南京城壁は明代に建設され、太平天国の乱、辛亥革命、そして日中戦争と、幾多の戦乱を経てきた。その城壁を日中が共同で修復するという行為には、和解と未来志向の象徴的な意味があり、さらなる経済的つながりを確実にする狙いもあったように思える。
北京の人民大会堂で歓迎式典を受けた私たち一行が、上海経由で南京に到着して最初に案内されたのが南京事件の記念館だった。1985年に開館したこの施設は、中国側の歴史認識を強く体現するものであり、日本の国会議員団に重い問いを突きつけた。ところが、当時の館長の説明では南京城壁の破壊が主で、30万人というような虐殺の具体的な説明はなかったのだ。遠慮か、あるいはその頃はこのプロパガンダがまだ用意されていなかったのか、いずれにせよ、事実関係からいえば、日中合同チームによる城壁の修復作業が訪中の主たる目的だったのだ。
この経験を通じて判明したのが、歴史認識の問題が単なる学術的な議論にとどまらず、現在の政治、外交、そして人々の感情と深く結びついているという現実である。
日本の教育と「近隣諸国条項」
河合ゆうすけ氏と岩田温氏は、日本の教科書検定における「近隣諸国条項」を批判した。1982年に導入されたこの方針は、「近隣アジア諸国との間の近現代の歴史的事象の扱いに国際理解と国際協調の見地から必要な配慮がされていること」を求めるものだ。
岩田氏はこう解説した。「この条項のために、日本の教科書は中国や韓国の政治的圧力に屈してきた。歴史教育が外交の道具になってしまった」。
これは重要な論点である。教科書は本来、学術的な歴史研究の成果を反映すべきであり、外交的配慮によって歪められるべきではないだろう。しかし同時に、歴史教育が国際関係に影響を与えることも否定できないのも現実だ。このジレンマをどう解決するかは、日本社会が向き合うべき課題でもあろう。
ジャーナリストとしての視点と結論
番組全体を通じて、筆者が感じたのは、南京事件をめぐっては前提の立て方によって議論が成立しないという難しさである。一方には、数字や定義の正確性を重視し、中国側の主張に疑義を呈する立場がある。他方には、個別の数字にこだわらず、日本軍による暴力行為の存在自体を重視する立場がある。
ジャーナリストとしては、双方の主張を慎重に検討する必要があると考えるものの、この30年間の経験や調査や報道で一定の結論を有するようになったのも事実だ。30万人という数字には疑問符がついているが、それは事件そのものの全面的否定を意味するものではないだろう。同時に、事件を政治的に利用する中国政府の戦略の巧みさ、一方で日本政府の無策・無防備を再確認できたというのが結論のひとつだ。
重要なのは、イデオロギーや政治的立場に左右されず、できるだけ多くの史料や記録を綿密に検証し、可能な限り事実に近づく努力を続けることだ。そのためには、南京城壁の修復事業がそうであったように、対立している日中両国が、たとえば調査合同チームを立ち上げ、建設的な解決策を模索することが不可欠だろう。お互い罵っていてもいつまでも問題は解決しない。
南京事件の議論は、単なる歴史論争にとどまらない。それは現在の日中関係、日本の国際的な立場、そして歴史と向き合う姿勢という、極めて現代的なテーマである。
この点で、MCの溝口勇児の狙いは明確かつシンプルだ。番組での議論は結論を出すことを目指すものではなく、むしろ、タブー視されがちなテーマについて、多様な視点から問題点を語り合う場を提供することである。あえて結論を出さないという方針は、一見すると腰が引けているように見えるかもしれないが、実際は逆だ。安易な結論を出さず、視聴者参加型で多くの意見で考える番組は、結果、視聴者のリテラシーを高める効果をもたらし、真の意味での解決をもたらすことになるに違いない。
視聴者の皆さんには、一方的な主張を鵜呑みにするのではなく、様々な情報と視点に触れ、自ら考えることをお勧めしたい。それこそが、健全な民主主義社会における市民の責務であり、溝口勇児が人生を賭けてチャレンジしているNoBorderプロジェクトの目指す役割でもあるからだ。
NoBorderアプリとNoBorder X Fileのご案内
NoBorderの新しい取り組みについてご紹介したい。
私たちNoBorderは、既存のメディアが扱いきれないテーマ、タブー視されがちな問題に真正面から取り組む新しいメディアの形を追求している。そのプラットフォームとして、NoBorderアプリを開始した。CEOの溝口勇児の強い意向によって、誰もが良質な情報に接することができるよう無料プラットフォームでのスタートだ。
従来のテレビや新聞では放送・掲載されにくい情報、多様な視点からの議論、そして視聴者参加型のコンテンツを提供している。NoBorderアプリは、情報の受け手が単なる消費者ではなく、対話の参加者となる新しいメディア体験を目指している。
また、毎週金曜21時からは新チャンネルNoBorder X Fileで、さらに深掘りしたテーマを扱っている。陰謀論と呼ばれがちだが実は検証に値する問題、主要メディアが触れない報道の闇、さらには現代社会の構造的な問題について、徹底的に掘り下げる。圧倒的なバランスに長ける西川将史が案内人MCとして番組を司る。
そして、筆者がアンカーを務めるNoBorder Newsは毎週月曜日19時からライブ配信を続けている。その週の重要なニュースを、オールドメディアとは異なる視点から解説し、視聴者との双方向コミュニケーションを重視したジャーナリスティックな番組作りを行っている。
情報統制や自己検閲が進む現代において、境界(Border)を越えた自由な言論空間を創出することは、本来のジャーナリズムメディアの使命である。NoBorderは、日本が失いつつある数少ないその実践の場になりつつある。
ぜひ、NoBorderアプリをダウンロードし、これらのNoBorderプロジェクトにもご参加いただきたい。また余裕のある方には同アプリからこのプロジェクトに支援ができるようになっている。ぜひ一緒に、真実を追求する旅を続けようではないか。
NoBorderアプリダウンロード: https://lin.ee/JUCJdGA
NoBorder 毎週土曜21時配信NoBorder News 毎週月曜19時ライブ配信NoBorder X File 毎週金曜21時配信
上杉隆(うえすぎ・たかし)ジャーナリスト。元衆議院議員鳩山邦夫公設秘書。ニューヨーク・タイムズ東京支局元取材記者。現NoBorderニュースアンカー。

















