
上杉隆(NoBorderニュース編集主幹)
今回の『NoBorder』(第20回)配信のテーマは「有罪率99.9%」だった(筆者が取材していた頃は99.7%だった)。この数字を聞いて、皆さんはどう感じるだろうか。検察の起訴した事件のほぼ100%が有罪になる。一見すると「日本の捜査当局は優秀だ」と思えるかもしれない。しかし、この数字の示す裏には多くの冤罪事件が隠れている可能性を思えば、また違った感想を抱くのではないだろうか?
今回の配信は、「無罪請負人」と呼ばれる弁護士の弘中惇一郎氏、さらに元東京地検特捜部副部長で元国会議員の若狭勝氏というメディア初共演の組み合わせが実現した。ゲストMCには堀江貴文氏も参加し、筆者も長らく検察や警察を取材してきたジャーナリストとして参加した。本稿でも、『暴走検察』(朝日新聞社)の筆者として、東京地検特捜部からの出頭命令や衆議院法務委員会での証拠採用などの体験を交えて、分析を加えていこうと思う。
■ 「人質司法」という恐ろしい仕組み
番組で最初に議論されたのが「人質司法」という問題だ。まずは堀江氏が自身の経験を基に説明した。日本では逮捕されると約20日間は拘束される(筆者注:23日間)ことが多い。延長も可能で弁護士の同席も許されない。その後も「起訴勾留」という制度があり、裁判が終わるまで延長を重ねらえて外に出られない可能性もある。表向きは2ヶ月が限度とされているが、検察が延長を申し立て、裁判所がそれを認め続ければ、事実上無期限に拘束できるのだ。筆者の取材時には、一連の拘留を「代用監獄」と称し、国際的な問題にも発展、国会でも議論になっていた(前述の法務委員会等)。
堀江氏は「アメリカや韓国に比べて日本は身柄を拘束される期間が異常に長い」と指摘したが、それは事実である(服役とは別)。たとえば、米国ではトランプ大統領が落選中に様々な罪で起訴されたが、身柄を拘束されることはなかった。その後も選挙活動を続け、結果、大統領に返り咲いた。日本では、田中角栄氏の炭鉱国管疑獄事件の一例を除いて、獄中出馬での当選(後に無罪)は例がない。
この問題について、番組では若狭氏が「裁判官の責任が非常に大きい」とした。捜査当局ではなく、司法システムの最後の砦であるはずの裁判所に責任を帰す発言となったが、99%超の有罪率という事実を照らせば、その司法の最後の砦が、検察や警察の捜査をそのまま鵜呑みにして「疑わしきは罰せず」という原則を守っていないともとれる。
これに対して、弘中氏は「警察・検察の捜査の仕方や証拠の開示にも問題がある」と応じた。事実上、録画も許されず(許されるのは刑事事件の3パーセント程度)、弁護士の同席もできず、ジャーナリストの接触もできない中での取り調べでは可視化からほど遠い(2019年の法案改正で限定的に可能に、2025年からは対象を拡大した)。裏を返せば、捜査が適切に行われ、弁護活動が十分にできる環境があれば、かなりの冤罪は救えるはずだという主張だ。
大川原化工機事件は、まさに人質司法の恐ろしさを物語っている。中国企業に輸出した同社の器機が生物兵器製造に使われる可能性があるとして逮捕された大川原正明社長ら同社役員は計11ヶ月間も拘束された(のちに不起訴、無罪)。コロナ禍という事情もあって大幅に延長されたとされているが、同社長にインタビューし(『NoBorderNews』)、当局への取材を行った筆者からすれば、罪状否認による嫌がらせの延長という可能性を否定できない。悲劇的だったのは、同じく拘束された同僚の顧問を「獄中死」(勾留)させてしまったことだ。胃がんが発覚し、体調の悪化にもかかわらず釈放されずにそのまま亡くなったことを「冤罪」といわずして、なんと表すればよいのだろうか。取材者としてもやるせない限りだ。
■ 取り調べに弁護士が立ち会えない異常
2019年に取り調べの録音・録画が義務化された(ごく一部)。これは違法な取り調べを防ぐための制度のはずだったが、弘中氏が指摘したように、対象は裁判員裁判と検察の独自捜査事件だけに限られており、多くの事件ではいまだ録音すら許されていない。
より大きな問題は、先述した通り、日本では弁護士が取り調べに立ち会えないということだ。日本のメディアは当たり前のように思っているようだが、海外メディアとして世界中で取材をしてきた筆者からしたら、その密室性は独裁国家レベルの異常性だ。堀江氏は「アメリカでは弁護士が取り調べ室で検察の言っていることを聞いて、『それは違うでしょう』『違法捜査でしょう』と言える。日本ではまだそれができない」と語ったが、事実だ。
さらに付け加えれば、国際的には容疑者へのジャーナリストの接触(取材)を許している国が多い。たとえば、容疑者へのインタビューの行われている海外の映像をみたことがあるだろうが、日本では検閲された手紙のやりとりくらいで、実現の可能性はない。かように日本の捜査の可視化については、国連の複数の人権条約機関からも勧告を受け続けているほど、異常なのである。それを知らないのは日本人だけという現実があることをまずはすべての日本人が認識すべきだろう。
筆者も事件当初から取材し、番組内でも触れた小沢一郎氏の陸山会事件では、秘書の石川知裕元衆議院議員(本年亡くなった。改めて哀悼の意を表したい)がICレコーダーで密かに取り調べを録音していた。それによって、検察官の作った調書が嘘だったことが発覚し、無罪につながった例がある。しかし、これは極めてレアケースで、見つかればレコーダーも取り上げられた可能性があるというのが現実だ。当該事件の代理人(弁護士)でもあった弘中氏の言葉を借りれば「二次の取り調べは録らなくていい」という抜け穴があり、制度改善は不十分なままだ。
■ 検察とメディアの危険な関係
また、今回の番組では、検察とメディアの癒着についても議論された。2020年に発覚した黒川弘務東京高検検事長の賭け麻雀事件を思い出してほしい。その麻雀メンバーには産経新聞の記者ふたりと朝日新聞の元記者がいた。堀江氏は「一緒に麻雀を囲みながら『堀江の案件なんですけど』とか話している。これは記者クラブだからできる」と指摘したが、まったくその通りである。
筆者が長年検察や警察などの捜査当局を取材してきた経験から言えば、日本の捜査機関には三つの問題がある。
一つ目は「無謬主義」だ。失敗が許されないという教育システムが植え付けた日本のエリート特有の「おりこうさん主義」は、過ちを過度に恐れる。ゆえに自らのミスを訂正せずに、隠そうとして嘘をつくのだ。嘘をついてもそれがあからさまでなければ、結果「見なかったこと」にされ、みなが黙殺してくれる社会、それが日本なのだ。つまり、欧米ではキリスト教の贖罪の価値観もあるのだろう、ウソとミスならば、嘘の方が罪が重い。だが、江戸の影響なのか「お上意識」の高い日本では、一か八かウソをついて生き残りをかける。だからだろうか、現代になっても、たとえ冤罪だと気づいても黙っておいた方が得策だという力が働くのだろう。
二つ目は「組織防衛」である。捜査で失敗したら組織全体の評価が下がるため、真実よりも組織を守ることが優先される。さらには、その減点主義とあいまって、組織全体で事実に目を瞑り、隠ぺいすれば個々人の立場も守られるという判断だ。「内部告発者」を「裏切り者」として扱い、社会全体が白眼視する日本においては、正義よりも組織の論理が優先される。それは捜査機関の警察や検察でも同様だ。
三つ目は「匿名主義」だ。日本の捜査官は他国と比べて驚くほど名前を出さない。たとえば、就任時のポジティブなインタビュー(新聞の「人」欄)は受けるが、捜査責任者になったとしても「関係者」などという海外の報道ではありえない匿名ソースに逃げ込んだりする。そうした匿名に都合よく隠れながら、メディアを使って情報をコントロールする。そのメディアもまた匿名であり、ある意味完成されたこの「スピンコントロール」は卑劣なほど隙がないのだ。
大川原化工機事件でも、逮捕の際に記者クラブメディアのみに事前に情報がリークされ、カメラに収められた。法律上は「推定無罪」といって、裁判で有罪が確定するまでは犯罪者として扱ってはいけないはずだ。しかし実際には、逮捕された時点でメディアスピンによって、世間から犯罪者扱いされ、仕事も信用も失う。桜井ヤスノリ弁護士が言うように、「身柄拘束自体がすでに刑罰になっている」というのは記者クラブメディアとの共謀があって実現する。これらが筆者が長年戦ってきた匿名に隠れる「官報複合体」の恐ろしい現実なのだ。
■ 裁判官と検察の人事交流という闇
話を番組に戻そう。ジャーナリストの新田哲史氏(元読売新聞記者)が提起した「判検交流」の問題は、地上波ではほとんど報じられないタブーのひとつだ。日本で常態化していた裁判所と検察の人事交流は海外では皆無である。
新田氏によれば、2022年には東京地裁の裁判長が法務省の訟務局長に異動した。訟務局長は行政訴訟の責任者だ。これは野球に喩えれば、さっきまで審判だった人が突然相手チームの監督になるようなものである。もしあなたが国を相手に裁判を起こしたとして、昨日まで裁判長だった人が今日から国側の代理人として現れたらどう思うだろうか。
弁護士会は長年この制度の廃止を求めているが、いまだに完全に実現したとはいいがたい(2012年に刑事分野では廃止とはなっている)。
さらに堀江氏の明かしたのは、法務省内の序列の問題だ。堀江氏によれば、法務省のキャリア官僚は「私たちは二番手なんですよ」と自認しているという。彼らの上には検察という別の序列があり、局長ポストのほとんどを検察出身者が占めている。こうした構造が、司法の独立性を損なっているのではないかとの指摘があるのだ。
■ 冤罪はなくせるのか——価値観の問題
番組の終盤、議論は「冤罪をなくすことは可能か」という根本的な問いに達した。
番組冒頭では検察の意図的な捜査は事実上認めていなかった若狭氏だが、ここでは正直に「冤罪は防げない」と認めた。人間が裁く以上、完璧はありえない。証拠を見れば有罪に見えるが、実は偶然が重なっただけで本当は無罪だった、という合成誤謬はあらゆるところで発生している。だからこそ裁判所が最後の砦として「少しでも疑いが残るなら無罪にする」という推定無罪の原則を徹底すべきだと主張したのだ。
桜井氏は「法曹一元制」の導入を提案した。これは、裁判官になる前に必ず弁護士を経験させるという制度だ(たとえば5年間と彼は言う)。「弁護士の仕事はぐちゃぐちゃなんです」と桜井氏は言う。刑事も民事もやるし、いろんな立場の人と接する。依頼者には様々な人生があり、それを知ることで人を思いやる気持ちが育まれる。裁判所では書類を処理するだけで、人との触れ合いがない。だから人を思いやる気持ちが育たないというのだという櫻井氏の意見にはいくつもの裁判取材をしてきた筆者も頷首せざるを得ない。
そして、番組の最後に根本的な指摘をしたのは弘中氏だった。「国民性の問題がある」として、西洋の法曹界には「10人の有罪犯を逃しても、1人の無実の人を罰してはならない」という考え方があるが、日本国民は本当にそれを受け入れて実践しているだろうかと問いかけた。むしろ「1人ぐらい冤罪でも、悪いやつは必ず罰する」という意識の方が強いのではないかと疑問を呈した。
弘中氏はひとつのエピソードを紹介した。オウム真理教事件を担当した裁判官が後に専門書に書いたところによると、当時の裁判長は「これだけマスコミが有罪と言っているものを、裁判官が無罪なんて書けるわけないじゃないか」と発言したという。世論が有罪だと判断したものを、裁判所が覆すことへの難しさを自ら認めているのだ。横並び意識の高い日本では、司法といえども、ムラ社会の掟に拘束されている。しかも、エリートほどその囚われに自覚がない。
若狭氏も「疑わしきは罰せずというスタンスに立てば、2割から3割は無罪になると思う」と述べている。そして同じく「国民がそれを受け入れるかどうか」が問題だと指摘した。10人の犯人のうち2〜3人が無罪で釈放されることを、日本国民は許容できるのだろうかという同じことを弘中氏とは違う立場から投げかけたのだ。
桜井氏の強調したのは「冤罪は氷山の一角」だということだ。木谷昭裁判官(故人・2024年逝去)は一人で30件もの無罪判決を書いた。日本ではほとんどの刑事裁判官が1件も無罪判決を書かずにキャリアを終えている。むしろ木谷裁判官が少数派になっているのだ。「木谷裁判官のところにだけ無罪事案が集中しますか? 絶対にありえない」と桜井氏は言う。統計的に考えても、他の裁判官もそのキャリアにおいて10〜15件の無罪判決を書いていてもなんらおかしくないはずだ。それがゼロに近いということは、本来無罪であるべき事件が有罪にされている証左となりうるのではないだろうか。
■ ジャーナリストとして伝えたいこと
今回の配信を通じて改めて明らかになったのは、日本の刑事司法制度の闇の深さだ。人質司法、取り調べへの弁護士立ち会い不可、判検交流、検察とメディアの癒着——これらすべてが絡み合って「冤罪」を生み出しているといっていい。
しかし、最も深刻なのは、弘中氏の指摘した「国民性の問題」なのかもしれない。筆者の提示した「無謬主義」「組織防衛」「匿名主義」もじつはこの国民性に起因している。横並びで、人と違ったことを極度に恐れるように教育されてきている日本人の価値観が変わらない限り、いくら制度改革をしても冤罪はなくならないだろう。
「推定無罪」「疑わしきは罰せず」——これらは難しい法律用語に聞こえるかもしれない。しかし実際には、民主主義社会で私たちが守るべき大切な価値観なのだ。なぜなら、冤罪はいつ誰の身に降りかかるかわからないからだ。逮捕された当事者のほとんどは、その前日まで「自分は無関係だ」と信じている。まさにきょう逮捕された立花孝志元参議院議員も同じ言葉を何度も嘯いていた。これは、他人や国の問題ではなく、あなたがたひとりひとりの問題でもある。
堀江氏が最後に述べたように、「当事者になった人たちはなかなか復帰できない」ため、制度改革の道も断たれて、たとえば制度を変える立法府に戻るにしてもその入口にも立てないのが現状なのだ。本来、こうした悪循環を断ち切るのが、メディアやジャーナリズムの役割なのだが、これがタブーになっている以上、それすらも期待できない。
MCの溝口勇児氏が「20回以上このNoBorderのMCをやっているが、一番言葉が出てこなかった回だった」と締めくくったように、この問題は私たちの価値観の根底を揺さぶるもんだいだ。だからこそ、私たちNoBorderは議論し続けなければならない。そして、筆者が編集主幹を務めるNoBorderニュースとしても、今後もこの問題を追い続けようと思う。
それが、現代日本社会に決定的に欠落しているジャーナリズムの本質であるし、また私たちNoBorderの使命だと信じている。(了)
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