上杉隆(ジャーナリスト)
法制度論争の表層と深層
今回の「NoBorder#11」でのスパイ防止法を巡る議論は、日本の安全保障政策における根本的な混乱と無知を浮き彫りにした。MC溝口勇児の問題提起により実現したこの討論で、筆者は他の論者たちの発言を聞きながら、この国の情報リテラシーの致命的な低さを改めて実感することになった。
桜井ヤスノリ弁護士の法的分析は確かに正確だった。特定秘密保護法、経済安全保障推進法、組織的犯罪処罰法における共謀罪の存在により、準備段階からのスパイ行為取締りが法的には可能であることを論証した点は評価できる。しかし、桜井の法理論が現実の運用面での限界を十分考慮しているとは思えない。法制度の存在と実効的な運用は全く別次元の問題なのだ。
上杉隆の「絶望的」現実認識の根拠
筆者が番組中で繰り返し「絶望的」という表現を使ったことについて、今回のコラムで詳しく説明したい。これは単なる悲観論ではない。世界中の現場を踏んできたジャーナリストとしての経験と、政治家秘書時代からニューヨーク・タイムズ時代、その後の日本のマスコミ時代と現在に至るまでの実体験に基づいた現実分析である。
2013年の愚かな矛盾
最も象徴的なのは、2013年に起きた政府の矛盾した判断だ。第二次安倍政権は同年、日本版NSC(国家安全保障会議)を設立し、谷内正太郎を初代国家安全保障局長に据えて情報機関を新設した。筆者もこの時は「ようやくなんとかなるかもしれない」と淡い期待を抱いたものだった。
ところが、文字通りこれは淡い期待にすぎなかった。同じ年、政府は官邸内へのLINEアプリの導入を決めたのだった。当時、LINEを運営するNHN Japanの本社は韓国にあり、サーバーもソウルに置かれていた。これがなぜ問題かといえば、韓国は朝鮮戦争以降、北朝鮮との休戦状態が続く戦争地帯だからである。
戦時体制下の韓国では、日本の個人情報保護法のような制約は存在しない。政府が要求すれば、個人も法人も外国企業も、すべての情報を明らかにしなければならない。つまり、日本政府や官邸が一度でもLINEに置いた情報は、すべて韓国政府に筒抜けになるということだった。
当時、大きな危惧を抱いた筆者は、長年参加している外交防衛安全保障の勉強会(虎ノ門政経懇話会)の幹事である吹浦忠正共同代表らに相談したうえで、自民党広報本部長(当時)の小池百合子元防衛大臣に直接懸念を伝え、対応を誤ると国益を損なうと警告した。
筆者の行動に対して猛反発したのが、LINEの排除だと受け取った上場直前の森川亮社長(当時)だった。その後もひとり政府のLINE導入を厳しく批判し続ける筆者に対して、友人の堀江貴文を通じて報道を止めるように圧力をかけてきたのだ。「森川さんには罪はない。経済活動だから当然だ。よってこれはLINE側の問題ではないのだ。国の安全保障の問題で安倍政権の問題なのだ」堀江にもそう伝えたが、LINE広告漬けになっている日本のメディアはこの問題を抹殺しつづけ、政府の肩を持つのだった。
片手で情報機関を作りながら、もう片方の手で情報をダダ漏れにする。このような矛盾した判断を平気で行う政府や国が、どれほど立派な法律を作っても意味はない。根本的な情報リテラシーの価値観が欠如しているというほかない。
人間中心のスパイ観の時代錯誤
さらに深刻なのは、この国の支配層が未だに「スパイは人間」という古典的な概念に囚われていることだ。今回の討論でも、ほとんどの論者が「人対人」のスパイ活動を前提に議論していた。
しかし、世界では人間による古典的なスパイ活動はもはや重視されていない。AI解析を含むサイバー空間でのスパイ活動が主流になっているのにヒューミント一択という時代遅れの議論はこの日のスタジオでも展開されていた。まったくうんざりするほかない。世界各国は既にサイバー空間で大規模な情報収集・分析システムを稼働させている。にもかかわらず、日本人だけは、まだ「あの人はスパイかもしれない」「この人は工作員ではないか」という人間中心の議論に終始している。笑止の至りだ。政治家が新しい法律を作ろうが、新しいシステムを作ろうが、そんなことはもはやどうでもよくなっているのだ。
必要なのはサイバー空間での対抗措置
本来必要なのは、AIやサイバー空間の真の天才たちに、各国の情報戦に対抗しうるシステムを構築させることだ。日本にもそうした人材はいる。しかし、政府はいまだに「法律を作るかどうか」という次元で議論しているのが現状だ。
防衛省、外務省、警察庁、法務省、入国管理庁、内閣情報調査室、公安調査庁、NSC(国家安全保障局)など、関係機関がバラバラに活動している現実がある。各省庁を横断する統合的なサイバー諜報機関が必要であるのに、縦割り行政の壁に阻まれている。それは議論以前の問題だ。
たとえば米国では大統領が直接、統合的なサイバー諜報組織を創設している。CIAも今やサイバー空間での諜報活動にその重点をシフトしている。それなのに日本はどうだろう。いまだに東大の松尾豊氏のレベルのAI政策を政府の頂点としている程度で、一向に安全保障上の議論は進んでいない。松尾氏を批判しているわけではない。そもそも彼は外交防衛のプロではない。政府のこの認識の低さが「絶望的」と表現しているだけだ。
外国政府介入の深刻な実態
番組では十分に議論できなかったが、筆者が最も重要だと考えるのは外国政府による日本の政治家への介入問題だ。これは単なる憶測ではない。具体的な事実に基づいている。
米国には外国代理人登録法(FARA)がある。外国政府のための政治活動を行うことは禁止されていないが、登録が義務付けられており、ステルスで行えば違法となる。イギリスにも国家安全保障投資法があり、国益を既損するような企業の買収などを防いでいる。
ところが日本にはこうした法的枠組みが存在しない。そのため「あいつは中国の工作員ではないか」「こいつは結局アメリカの代理人だ」という憶測が飛び交うことになる。証明することは困難だが、各国での取材経験からもそうした工作は確実に存在すると考えている。
情報リテラシーの絶望的低さ
筆者が「絶望的」と感じる真の理由は、政治家自身の情報リテラシーの低さだ。これは与野党を問わない構造的問題である。
多くの政治家は、サイバー情報戦の実態を理解していない。SNSの普及により情報拡散速度が飛躍的に向上し、フェイクと事実の境界が完全に曖昧になっていることを理解していない。また2022年11月のChatGPT3.5の登場以降、指数関数的に進化しているAIの実際を把握しているとも言い難い。さらにパラメータの増大により、世界は汎用AIの時代へ突入しつつあり、プロンプトさえ不要になっているなどの現状への認識が甘すぎる。総合して、自律したAIはすでに安全保障やスパイの分野において主役となっている。にもかかわらず、ほとんどの日本人は圧倒的にその現実に無自覚なのだ。
同じく深刻なのは、政治家自身が外国勢力による影響力工作のターゲットになっていることへの自覚の欠如だ。ハニートラップ、マネートラップ、そして最も巧妙な「アイディアトラップ(認知バイアス)」によって、知らず知らずのうちに外国の利益に奉仕している可能性がある。
メディアの共犯関係
この問題にはメディアも深く関わっている。奥野卓志氏が指摘した『週刊文春』の動きは示唆に富んでいた。大きな政治的事件の前に文春がスキャンダル報道を行い、それが政治日程のみならず権力闘争の結果までをも左右する。
テレビ各局は文春の後追い報道を繰り返しながら、「週刊誌だろう」「不倫報道なんかして低俗だ」と批判している。しかし実際には、そうした「低俗」な報道によって重大な政治的影響が生まれているのも事実だ。
実は、筆者が『週刊文春』や『週刊新潮』などに寄稿していた25年前ごろからこの傾向は続いている。こうした構造的な問題を理解せず、表面的な法律論に終始している限り、日本の情報戦略は改善されない。
技術革新への対応能力の欠如
AIガクトが指摘したハイビジョンの監視カメラ網の問題は深刻だ。中国企業の製品に仕込まれたバックドアによって、日本人の行動パターンが分析され、それが産業スパイ活動に活用されている可能性があるというのは10年以上前から指摘されていたことだ。
しかし、こうした技術的脅威に対する日本の対応能力は著しく低い。政府のデジタル政策すら、いまだに初歩的レベルに留まっている。サイバーセキュリティの専門人材も圧倒的に不足している。技術の進歩に法制度や運用体制が全く追いついていない。これも「絶望的」と感じる理由の一つだ。
国民的議論の必要性と限界
今回の討論で評価できたのは皆無だ。確かに桜井弁護士の強調した国民の法制度理解の重要性はあるが、そこまでのリテラシーを国民に要請することは無理がある。なぜなら、多くの国民は現行法制でも相当程度のスパイ対策が可能であることを知らないのではなく、スパイ活動そのものを知らないからだ。
国民的議論には限界がある。高度に専門的で機密性の高い情報戦略については、すべてを公開で議論することは不可能であり、ある程度は政府と専門機関に委ねざるを得ないだろう。たとえば、前述した外交防衛のシンクタンク「虎ノ門政経懇話会」では、日米の安全保障について、20年近く両国の外交防衛に精通した幹部たちを中心に議論を重ねているが、一切非公開である。
問題は、一部の政治家やメディアに登場している著名人たちの能力と理解力が著しく低いことだ。大河原加工機事件のような冤罪を起こし、1億6000万円もの賠償を命じられるような組織に、高度な情報戦を任せることはできないだろう。
結論:絶望的な余りに絶望的な
今回「NoBorder#11」での討論を通じて明らかになったのは、日本の情報後進性は法制度の問題以前に、より根深い構造的問題に起因しているということだ。
政治家の情報リテラシー不足、省庁間の縦割り、メディアの無批判性と無知、技術革新への対応遅れ、何より、時代錯誤な「人間中心のスパイ観」からの脱却ができていないということに他ならない。
法律を作れば解決するという発想自体が、この国の情報戦略の貧困さを象徴している。必要なのは、サイバー空間での情報戦に対応できる統合的な組織とつまらぬ個人の面子を排除した戦略、そして政治家から国民まで、日本人は情報リテラシーが大いに欠落しているという自己認識だ。
だが、現在の政治状況を見る限り、そうした構造的変革が実現する可能性は極めて低いだろう。だからこそ筆者は「絶望的」なのだ。綺麗事をいえば、解決策のひとつも述べられるだろう。だが、この現実認識こそが、長年この分野を取材してきたジャーナリストとしての最終判断である。そこは残念ながら絶望的に譲歩できないのである。
(上杉 隆)
編集責任者:上杉 隆












