
2026年9月22日、米ニューヨークの国連本部において、高市首相が力強く「旧敵国条項の早急な削除」を訴えたという。
日本のオールドメディアは、まるでこれが新政権による前代未聞の歴史的快挙であるかのような見出しを掲げ、ワイドショーやネットの論説でも「毅然とした対外発信」「歴史の転換点」と囃し立てている。
実際に国連総会に足を運び、現地での歴代の日本の首相を含む各国首脳の演説を直接取材してきた筆者からすれば、「そんな大げさな」というのが偽らざる感想だからだ。
今回の日本のオールドメディアやネットの垂れ流す「強い指導者の独自色」という単純なナラティブの裏で、意図的に抜け落ちている事実に強い危機感すら覚えている。
国連憲章第53条、第77条、第107条に規定された「旧敵国条項」の削除を求めたのは、高市首相が初めてでも何でもなく、戦後日本の外交史において歴代の内閣や首相たちが繰り返し求めてきた恒例の日本の要求にすぎないのである。
50年以上前から続く要望
日本政府が国連の場で旧敵国条項に初めて公に言及したのは、1970年(昭和45年)9月の第25回国連総会における愛知揆一外相の一般討論演説であった。国連総会に出席した愛知外相が「憲章中のある種の規定は、すでにその存在理由を失っている」と指摘し、削除への地ならしを始めている。
その後、1985年(昭和60年)9月には中曽根康弘首相が国連40周年記念総会で、「戦後政治の総決算」として旧敵国条項の削除を含む国連改革を強く訴えた。
さらに時計の針を進めていけば、1992年(平成4年)の宮澤喜一首相、1993年(平成5年)の細川護熙首相、1994年(平成6年)の村山富市首相へと「敵国条項削除」の要求のバトンは引き継がれていった。
最大の外交的成果となったのが、1995年(平成7年)12月の第50回国連総会で採択された決議50/52である。この決議は、賛成155、反対0、棄権3という圧倒的多数で「旧敵国条項は死文化(obsolete)している」との認識を示し、今後の憲章改正手続きにおいて「削除」を進めることを明記したのだ。
村山・河野外交の黙殺は意図的?
当時は村山内閣(1994年6月〜1996年1月)の時期にあたる。大きかったのは外務大臣の存在だ。 当時の副総理兼外務大臣は、自民党総裁であった河野洋平だった。村山首相と河野外相の2トップ体制のもとで、国連憲章特別委員会や各国との精力的な外交交渉が進められていったのだ。
1995年は「戦後50周年」という日本の外交にとって極めて重要な節目の年であり、同年8月には歴史認識に関する「村山談話」が発表されている。結果、これらの一連の戦後処理と国際社会との融和政策の流れの中で、長年の懸案であった「旧敵国条項の死文化の明文化」が大きな成果として結実したのである。
この国連決議が採択された翌月の1996年1月に、村山内閣は総辞職し、橋本龍太郎内閣へと引き継がれることになった。確かに「村山談話」と引き換えに「旧敵国条項の死文化」を勝ち取ったといえなくもないが、当時の日本の外交当局者たちの血の滲むような工作を考えると、中国やロシアまでも含む全会一致に近い形での決議は歴史的な成果といえよう。
今世紀も続く国連決議への外交努力
2005年9月の国連の会合でも、小泉純一郎首相が安保理常任理事国入りを目指す中で「旧敵国条項の削除は国際社会にとって不可欠の大義だ」と演説している。この会合の成果文書(総会決議60/1)の第177項には、首脳レベルとして「憲章から『敵国』への言及を削除することを決意する」と公式に盛り込まれた。筆者自身、この小泉外交の熱気をニューヨークの現場でみたが、当時はこれこそが決定打になると多くが期待したものだった。
それにしても、今回の高市演説をあたかも「高市首相ひとりが切り拓いた独自のアクション」であるかのように仕立て上げるのはどういうことだろうか? 単純に記者クラブが官邸や外務省のペーパーをそのまま垂れ流す「発表報道」に堕しているだけだとは思えない。
日本政府も公式見解を出している通り、法理上は1995年決議および2005年成果文書によって、旧敵国条項は実質的に効力を失っている。しかし、文字として憲章に物理的に残っている以上、地政学的カードとして再利用される隙を常に与えている。
近年、中国外務省やロシア外務省、あるいは在京中国大使館などは、日本の防衛費増額(GDP比2%への増額)や、反撃能力(敵基地攻撃能力)の保有、さらには台湾海峡を巡る日本の姿勢を牽制する文脈で、この条項を意図的に持ち出している可能性もある。
ロシアや中国は法的正当性ではなく、日本国内の世論を揺さぶり、国際社会に「日本軍国主義の復活」という不当な印象を植え付けたいがために、あえてこの死条に光を当てているともいえよう。
憲章改正を阻む「拒否権」という絶望的な壁
ところで、なぜ日本は文字通りの「削除(条文の削り取り)」を実現できないのか。ここに、メディアが目を背ける国連憲章の構造的限界というファクトもある。
国連憲章を改正するためには、憲章第108条に基づき、以下のプロセスをすべてクリアしなければならない。
- 国連総会の全加盟国の3分の2以上の多数で改正案を採択すること。
- 全加盟国の3分の2(現在の193カ国中129カ国以上)が、それぞれの国内手続き(議会承認など)を経て批准すること。
- その批准国の中に、安全保障理事会のすべての常任理事国(米・英・仏・中・露)が含まれていること。
つまり、どれだけ日本が国連総会で多数派工作を行い、150カ国の賛成を取り付けたとしても、常任理事国である中国やロシアが自国の議会で批准を拒否(実質的な拒否権の発動)すれば、条文の削除は1文字たりとも不可能なのである。
ウクライナ侵略や台湾海峡の緊張で安保理が完全に機能不全に陥っている現在の国際政治において、ロシアや中国が日本のために憲章改正を批准する可能性はゼロに等しい。これこそが、歴代の首相たちが演説の後に直面し、立ち往生せざるを得なかった「絶望的な壁」の正体である。
高市首相が2026年9月22日というタイミングで、旧敵国条項の削除を改めて国際社会に突きつけたこと自体は、ロシアや中国の攻勢に対するカウンター(反論)として一定の意義を持つのを否定するつもりはない。中国による一方的な牽制に対し、最高指導者が国連の場で「日本の誇りと名誉」を盾に真っ向から反駁することは、国家の主権として正当な権利行使だ。
だが、国内向けの喝采を送るだけで済ませてはならない。25年前に国連総会の取材を始めて以来、筆者は言葉だけの空虚な約束や、国内世論受けを狙ったアピールがいかに国際政治の現実の前に霧散していったかを何度も目撃してきた。歴代政権の苦闘の歴史と国連憲章のファクトを知る者なら、演説で声を張り上げるだけでは1ミリも憲章は動かないことを知っている。
必要なのは、言葉の強さや国民向けの煽りではない。巨額の国連分担金を拠出しながらも、国際機関の要職から遠ざけられてきた発信力不足をどう是正するのかなど構造的な問題に目を向けることだ。
小泉首相の演説から約20年、1995年の死文化決議から30年以上が経過した。かつての首相たちが到達し、そこで足踏みを強いられた「国際政治の厚い壁」の前に、高市首相もまた立ちはじめたに過ぎない。
官邸発の勇ましい言葉に酔いしれ、内輪のナショナリズムを煽るだけの報道はもう終わりにすべきだ。本当に必要なのは、歴代首相が越えられなかった現実の壁を直視し、いかにして突き崩していくかという外交の現実と冷徹なリアリズムではないだろうか。
出典:https://note.com/takashiuesugi/n/n990d234d3804
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